学生フォーミュラと数学と私

この記事は学生フォーミュラの現役学生、OB、審査委員などの関係者によって12/1から25日まで一日一記事づつリレーしていくアドベントカレンダーです.

前回の記事はおっぴぃさんの「僕を魅了したあるF1どらいばー」です.

op-hassakuboy.hatenablog.com

 

  

 

まえがき

主に現役の方向けの記事ですが,OBOGの方もそれなりに楽しんでいただけるように頑張って書いたんでできれば最後までお付き合いください.

まず自己紹介をば

こまさんと申します.都市大でフレームを作ってました.

 

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弊車



筆を執るにあたって,後輩たちに色々引き継がなかったことに対して後悔があります.

あらたな車のことだけで手いっぱいだろうに,それに加えて,私が勝手に好きで始めたことも引き継がせるのかと迷って引き継ぎませんでした.でも昨今の某ウィルスのせいで,積読を消化する傍ら反省点なんかも見えてきて,何も残さないのもなぁ...と思ってこの企画に参加しました.

つらつら技術的なことを書くだけじゃつまらんだろうし,常々思っていたことと併せて記していきたいなと.

だから,統計を学生フォーミュラで使う話と,そこから考えた(結構強引な)持論って二本立てです.

「Mとの出会い」と「計測・解析」の章は多少の統計的知識を要するかもしれません.(一応注釈付けましたけど...)

「数学とか統計はちょっと...」って思ったあなた,そう,あなた,ブラウザバックはまだ待ってほしい.「本題」だけでも読んで帰ってください.

 

目次

 

私と数学

多くの現役学生フォーミュラ学生は多岐にわたる背景を有していることと思います.

 

私は高校3年の時に安田亨先生の本を読んだことがきっかけで,数学の楽しさに目覚めました.

↓いい本です.安田節が随所に見られ,読んでいて楽しいです.

bookclub.kodansha.co.jp

もともと数学は好きではありませんでした.数学のテストで7点(100点満点)を取って放課後に呼び出され補習を受けたり,「数学は四則演算さえできれば十分」みたいな思想の持ち主で,数学好きとは対極の人間でした.

 

さて,数学嫌いの私が数学のどこに惚れたのでしょうか.

容疑者Xの献身」で石神(堤真一さん)が「幾何の問題のように見えて,実は関数の問題だとか,少し見方を変えれば解けるはずなんです.」と内海(柴咲コウさん)と草薙(北村一輝さん)話すシーンがあります.

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個人的に邦画No.1の作品だと思います

そのような「 幾何の問題のように見えて,実は関数の問題で少し見方を変える」みたいな良問達,あっと驚くような問題達との邂逅が私を数学の世界へ導いたのだと思います.

そしてなにより,解へのアクセスが1通りでないことも私を数学にのめりこませました.

これらの思考は学生フォーミュラをやる上でも活きてきました.「車の問題に見えて実は違うのではないか?」「車を速くするための考え方は工学的思考のみではないはず.」ということですね.

これが私のバックボーンです.

 余談なんですけど,たぶん私には学校のような一方向の勉強スタイルが合わないんでしょうね...だから学校で習う数学が嫌いだったんです.

だから自分の手で車をより良くしていく術を探る学生フォーミュラとの出会いは私を成長させてくれる機会で,この出会いはこの上ない僥倖だったと今では思います.

 

 

少し数学好きのエピソードを話させてください.

高校時代の愛読書は月刊「大学への数学」.

多い日だと12時間くらい数学しかやらないなんて日もあったりするほど,数学漬けの日々でした.あの集中力はいずこへ...

今は機械工学科の学生ですが,受験したのは数学科の方が多いです.今でもたまに「数学科行けばよかったな...」って思う日もあります.

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1学科だけなんてエラベナイヨー

数学好きが高じて都内数学科学生集合という数学好きの学生が集うインカレサークルにも所属していました.学生フォーミュラ,学業,アルバイトとの両立が困難だったため2か月で辞めてしまいましたけど…

そんな数学好きな私は,数学を用いてどうにか新たな視点から車両を速くできまいかと常に考えていました.しかし,まず何を解決するのか,そのアプローチとしてどんな数学的知見を用いるのか全く分からないままで,燻った状態で居ました.

 

またまた余談ですが,何をやるかが先,どうやるかは後で決めた方が良いですよ.だから,数学でなんかするために解決すべき問題を見つけるってのは本来間違ってますよ.

 

Mとの出会い 

さて,車両設計でまず最重要視するべき項目は何だとおもいますか?

車両重量,慣性モーメント,重心高,トルク,ダウンフォースetc…十人十色の回答があると思います.

これと言った正解はなく,すべてが正解だと思います.

ですが私はそこが知りたいと1年生の大会の時に考えました.

先述した何を解決するのかという点はこのときに決まりました.要は「速いマシンはどのパラメータが優れているのか」ということです.

最初はゲーム理論*1でのアプローチを考えていましたが,ちょっと違くないか...?と思っていました.道筋としては,パラメータ自体をプレイヤーに見立て非協力ゲームにモデル化して...脱線するから触れないでおきましょう

 

そんな疑問を解決するためのアプローチが分からずに半年ほど過ぎたある日,OBのMが大学に来るというので,彼に「設計するうえで何を重要視すればいいのかわかりますか?」と阿呆な質問をしました.正直「んなもん知るか」みたいな突っぱねる回答があると思っていたので,ダメもとの質問でした.

 

しかし,Mはしばらく考えた後に,「中古車情報にはどんな情報があるか」と逆に質問してきました.意外でした.私たちは車の色,MT or AT,走行距離,事故歴,改造の有無,オーナーの数,車検etc…と答えました.

それを聞き終えると,それらの情報を見てなぜ,任意の中古車がお得か否かを議論できるのかと質問を続けました.走行距離が長くなれば価格は落ちるし,修復歴があれば価格は落ちる.感覚的にはわかることだと思います.

しかし,例えば同じ値段走行距離が5000km修復歴ありの車20000km修復歴無しの車どちらがお得といえるでしょうか.

そこを判断するのに用いるのが重回帰分析であると教えてくれました.

 

要は,重回帰分析を用いて課題に取り組みなさいと言っているんだなと私は解釈しました.

 

そこから私は多変量解析との恋愛を始めます.今でも恋人です.かれこれ4年近くお付き合いしてます.重回帰分析は多変量解析の部分集合です.(この辺で数学好きをアピールしないと…)多変量分析の各分析方法のメリット,デメリット.注意すべき概念などを学びました.便利な時代で入門的なところならYouTubeで山ほど動画が上がっていました.ちょっと踏み込んだ内容はさすがに図書館で本を借りましたけど.

そして,やはり今回は重回帰分析が適当だと結論付けました.

 

計測・解析

さて,「重回帰分析」を用いて「速いマシンはどのパラメータが優れているのか」を調べようということになるわけですが,肝要なのは計測方法です.「オートクロスのコースで最速を」,となるわけですが,どの区間で速さを求めるのかを決める必要があります.一口にオートクロスのコースと言っても,色々なセクションがあり,全セクションで速いのが理想ではあるのですが,オートクロスのコースを再現するほどの広大な敷地もないし,時間もないわけです.

 

そこで数十メートルの敷地があればデータ採集は可能なこと,少ない時間で多くの回数走りこめること,コース設営もパイロンを数本等間隔で並べるだけ良いといった点からスラローム区間での速さを求めることにしました.

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オートクロスのコース図

また,私はフレームの設計とドライバーポジションの検討をするポジションにいました.

重心高を下げようとすると車体は前後方向に伸びる格好になり(ドライバーを寝かせるため),慣性モーメントを減らそうとすれば,前後方向を縮めて上に伸ばす格好になります(ドライバーを起こすため).

つまり,慣性モーメントを減らせば重心が高くなり,重心を低くすれば慣性モーメントが上がります.

この相反するパラメータをどちらに優先順位を置くのかを決めることを目指しました.

 

私は説明変数として重心高,慣性モーメント,重量の3点を用いることにしました.

この3点を設定したのは,先述した重心高と慣性モーメントの重要度を知るのとともに,軽さに対して意識を持ってもらいたいと思ったためです.

 

計測の目的は慣性モーメントと重心高のタイムに対する標準偏回帰係数*2の違いの算出です.

 

 

さて,当初の目的からだいぶずれてしまったので,まとめると

各種パラメータ」が「スラローム区間のタイムをどう左右するのか」を調べます.

 

 

 

計測方法は簡単で,車両のあらゆる部分に重りを付け,その都度,重心高,慣性モーメント,重量を求めました.慣性モーメントの計測は,車両中心からの距離と重りの重さから増加量を求めました.(クソガバクオリティ)

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重り(黒い穴の開いた板)を載せての計測

計測してみると重心高の変化が慣性モーメントの変化に比べスラロームのタイムに対してが大きく作用することが分かりました.これは意外でした.慣性モーメントは回転体の運動方程式にダイレクトに効いてくるため,慣性モーメントが一番効いてくるだろうと予想していました.

また,重心高とスラロームタイムを線形単回帰分析すると決定係数*3も0.6とまずまずの精度であったため,「重心高を下げることは慣性モーメントの低減よりもスラローム区間では効果がある」と言った結論を得ました.

そこからその年のシャシーの設計は重心高を下げることを念頭に置くこととなりました.

また,「重心を1mm下げればスラロームは何秒速くなる」と言った具体的に自分たちの車がどんな車なのか設計段階で想像し得るものとなりました.

回帰モデルを用いたシミュレーションでは,フレーム単体でスラロームタイムが0.13秒の短縮となりました.

Q.フレーム単体って意味のある結果なんすかね...?

A.データが無いから苦肉の策.本当は実車を解析,計測すべき.

そんなこんな*4で結果的に昨年比でオートクロスのタイムは2秒近く短縮できました.

 

 

さて,計測と解析について書いてきましたが,書きたい事の半分くらいしか書けてません.

もう少し深く知りたい方は,後で詳細な解説と考察と反省をしたものを出します.そちらを参照ください.

ここで書いたこと間違ってる気しかしない.間違ってたら 教えてください.

 

あと参考文献も一応載せておきます.(覚えているものだけ)

図解と数値例で学ぶ多変量解析入門―ビッグデータ時代のデータ解析 | 日本規格協会 JSA Group Webdesk

多変量推測統計の基礎 / 竹村 彰通 著 | 共立出版

朝倉書店| 共分散構造分析[入門編] ―構造方程式モデリング―

少々難解で踏み込んだ内容のものが多いので,初学者(線引きが難しい...)は

へちやぼらけ・データサイエンティスト - YouTube

井上勝雄 - YouTube

田中嘉博 - YouTube

 こちらを視聴していただければ,なんとなく多変量解析とかその周辺について知っていただけるのではなかろうか.

 

本題 

ここまでお付き合いありがとうございます.

イキったことを書いているので,読みにくかったかと思います.ここからが本題ですから,まだ,もう少しお付き合いください.

 

少々強引な結論なんですど,ご容赦ください.お慈悲^~

 

この話の趣旨は何も「車両開発で統計を使おう」というのではなく,いや,もちろん,無いよりあった方がいいですが,要は自分のバックボーンをもっと活かしてほしいということです.

 

私の所属していたチームは私の上の代のチームリーダーが設計をしなかった代わりに,スポンサーの交渉や,大学OBからの資金集めなどに奔走する人でした.

そんな彼の姿は私には「そういうのもありなのか…」と,先輩たちのやってきたことのコピーをすればよいといった考えを改めるきっかけとなりました.

 

私は学生だし自動車産業に明るいわけではありませんが,自動車メーカー(と言わずすべての業種で)は多くの人の力で成り立っていると確信しています.

JAMA - 自工会の概要では,自動車産業は,生産・販売・整備・輸送など広範な関係産業を持つ総合産業であり...」とあります.私はそれを,設計,計測,営業,販売,経理,事務,整備,製造,品質管理,運輸etc…と多くの職種が,車の楽しさ,便利さを提供するために多くのことを求められているのだと解釈しています.

 

学生フォーミュラは,新車の開発を1年で行う自動車会社としての学生チームのような側面があります.

仮にも自動車会社ですから,兎角設計などが目立ちがちですが,先述したような多くの職種が本来あるはずで,より多様なスキルが求められると思います.

その多様なスキルの中に必ずあなたのバックボーンを活かしたものがあるかと思います.

 

私の場合は数学への熱意や数学で養った考え方でしたが,英語が得意ならレギュレーションの穴をついてください.コミュニケーションに自信があるならスポンサー交渉に積極的に参加してください.車が好きなら理想の車を意地でも作り上げてください

 

そして何より大切なのは自分からそのことをアピールしてください.

私も計測方法や解析方法を練って,どんなことに使えるのかを説明して,数少ない走行会の貴重な時間を割いてもらいました.

 

きっと,あなたのバックボーンを活かせる場所があると思います.それが学生フォーミュラのいいところだと思っています.(会社でやろうとすると煩わしいことがいろいろあるんじゃないかな…知らんけど)

多様なバックボーンが融合したら,絶対に良いチームになる.いい車ができる.ソースは俺.

 

私の燻った心に薪をくべ風を送り燃え上がらせてくれた先輩たちよろしく,私のこの記事がそんな存在になればいいな…

 

あとがき

長くなりました.お付き合いありがとうございます.

 

本当はもう少し多くて,具体例を挙げて考察と反省をした後,現役時代の私の解析をなぞるようにエクセルを用いて解析したものを書きたかったのですが,どんどんと本題の存在感が薄まっていき,最終的に何を言いたいのか,何のための中盤なのか分らなくなったので,大幅にカットしました.

そのカットした分は年末には出せればなと思いますが,いつになるのやら...

 

 

 

さて,次回は情弱サスボッチさんの「誰のためのモタスポ話(仮)」です.

昨年のサスボッチさんのカレーの話ですが,私は悪い意味で思い当たる節が多々あり,反省しながら読んだ記憶があります.

モタスポ...来年のF1はニューフェイスが豪華ですね.どんなお話が読めるのか楽しみです.

*1:有名どころだと囚人のジレンマなど

*2:パラメーターのタイムへの影響

*3:どれくらい回帰モデルに従ってるかの指標0~1の値を取る

*4:トレッドの拡大とか色々あった結果